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Dec 17
“ そもそも「危険性を伝える」ことと「(自分の)被害妄想を広める」ことは全く違うわけです。何らエビデンスのないまま、単に自分が危険だと持っているものの排除を訴えることを無制限に認めるとなれば、それこそ外国人排斥を訴える声もまた「善意の行動」として尊重しなければならないでしょう。確かに日本はヘイトスピーチの自由を認めるという点においては実に寛容な国でした。ただ、その発言が誰かを傷つけ、誰かを社会的に排除する結果を招くとあらば、それは被害を被る人の権利との間で折り合いをつける必要が出てくるはずです。” ヘイトスピーチの自由 - 非国民通信